佐野洋子さんの著書に出会ったのはずいぶん昔のことです。
その時の衝撃は大変なもので、世の中にはこんなに鋭い感性を持った人がいるんだなぁと感心したものです。
佐野洋子さんを更に際立たせているのは、歯に衣着せぬ率直な物言いです。
特別に鋭い感性で感じたことを、そのまま表現してくれる。実に気持ちいいのです。
この人は完全に見切っているなぁと思わせる力強さを感じさせてくれます。
今回の随筆集も期待通りのものでした。
「私が一番嫌いな写真はふくらんだ銀色のフーセンみたいな洋服(?)を着た人間が月面を歩いている写真だ。テレビで見た時も、「あんた、何しに行っているの、ようもないのに」としか思えなかったが、男達は興奮していた。」
凄いですねぇ。世界中が興奮した月面着陸を一刀両断です。
しかし理系の私でも疑問に感じていたのですよ、莫大なお金を使って月にまで行くことを。もっと先にやることがあるでしょうに、といつも思ってしまうのです。
夢がないと言われればそれまでですが、わざわざ月にまで行ってしまう方がもっと夢がないような気がします。
佐野洋子さんは子供の頃から大の読書好きだったようです。
漱石や藤村は言うまでもありませんが、トルストイやモーパッサンなどの洋物も多数読破していたようです。
しかし彼女は言うのです。
「今思うと、その時読んだ本のことなど、何の役にも立っていないのだ。」
「深く心を打たれるにはそれ相応の人生というものが必要なのである。全く時間の無駄であった。あんなんだったら、ぐれて男と遊んでいた方が、何ぼかよかった。」
実は私も学生時代かなりたくさん本を読んだのですが、ほとんど綺麗さっぱり忘れているのですよねぇ。
佐野洋子さんの言葉は、乱暴なようですが、本当に真実をついていると思いますよ。
「下町の子どもたち」の中では、人間の本当の価値は、頭の良さや社会的地位で決まるものではないことを、たぶん実話を元に皮肉たっぷりに紹介しています。まさに人は見かけによらないのです。ここでも彼女の真実を見つめる心の確かさが分かるでしょう。
近頃のアンチエイジングブームに対して苦言も。
「九十過ぎのじいさんが冬山に死にものぐるいで登ったり、海の中に飛び込んだり、鉄棒で大車輪をやったりする。そして年齢に負けない、と大きな字が出てくる。私はみにくいと思う。年齢に負けるとか勝つとかむかむかする。年寄りは年寄りでいいではないか。」
「西洋は若さの力を尊び東洋は年齢の経験を尊敬し、年寄をうやまい大切にする文化があった。そして静かに年寄り、年寄りの立派さの見本がいつもいた。わたしはそういう年寄りになりたい。」
私も思うのです、何で美容整形のような偽物の外観を死にものぐるいで求めるのかと。そして何で気が付かないのでしょうかねぇ、年齢とともに磨きがかかって美しくなるのは内なるものだということに。
佐野洋子さんが何故このように常人とかけ離れた感覚をお持ちなのかは、「叫んでいない「叫び」」の中にヒントがあります。医者は自律神経失調症と診断したそうですが、私に言わせれば天才の感覚です。
ゴッホと同じような感覚を持っていたのでしょう。
彼女は謙遜して「果てしない普通ではない沃野でゴッホはひまわりを黄色い椅子を人物をわしづかみにし、私は石ころ一つ拾うことができなかった。」とおっしゃっていますが、彼女は絵ではなくて文章で、ゴッホと同じような鮮烈で強烈な感覚を表現することに成功していると思います。
百聞は一見に如かず、とにかく「小林秀雄賞受賞スピーチ」をお読みください。
佐野洋子さんが見えてくると思います。