平気でうそをつく人たち The People of the Lie

文庫本としてはかなり大部で470ページもあります。しかしかなりのページ数を実際著者が経験した例を物語風に記述してくれているのでとても読みやすくなっています。

精神科医あるいは心理学者という職業は実に根気が必要な大変な分野であることを初めて知りました。治療に10年以上も費やす場合があるなんて想像もしていませんでした。逆に言えば、それほど人間の精神というものは複雑怪奇なものであるということです。

平気でうそをつく邪悪な人々はサイコパスのように良心がないわけではありません。良心があるが故に生じる罪悪感を否定するために、言い換えれば自分自身を正当化するために他人に罪をなすりつけようとするのです。悪の投射です。
エーリッヒ・フロムは「悪性のナルシシズム」と呼びました。
自分の罪悪感と自分の意思とが衝突した時、異常な意志の強さで自分の意思を通し、罪悪感は簡単に敗北するのです。

この様々な実例を著者の体験として詳細に描写してくれていて、非常に分かりやすくなっています。

個人の場合について350ページ以上割いて説明していますが、残りの80ページ余りで集団の場合について述べています。

集団の悪の代表例としてあのソンミ村虐殺事件が取り上げられています。その心理分析が実に鮮やかです。戦争における集団心理の恐ろしさがよく分かります。

集団においては良心の分散化が起こり、個人の道徳的責任が集団の他の部分に転嫁されるのです。したがって集団全体の良心が分散希釈化され、良心が存在しないのも同然の状態になってしまうのです。

戦争に極端に見られる集団ナルシシズムの形は、「敵をつくること」、すなわち「外集団」に対して憎しみを抱くことです。これはより一般的には、子供たちのいじめの形態でもあるし、日本に蔓延している嫌韓嫌中などもその典型例なのだと思われます。

20世紀末の古い、しかも海外の著作であるにもかかわらず、現在の安倍政権下の日本の状況を的確に指摘していることに驚くとともに、心理学というのはやはり人間社会を解き明かすのに欠かせない学問であることを痛感しました。その鋭い指摘部分を抜粋しておきます。

集団凝集性を強化する最善の方法が、外部の敵に対する憎しみを助長することだ、とは広く知られていることである。外集団の欠点や「罪」に関心を向けることによって、グループ内の欠陥は容易に、何らの痛みも感じることなく看過される。こうしてヒトラー時代のドイツ人は、ユダヤ人をスケープゴートにすることによって国内問題を無視するようになったのである。・・・中略
邪悪な個人は、自分の欠陥に光を当てる全ての物あるいは全ての人間を非難し、抹殺しようとすることによって内省や罪の意識を逃れようとする。同様に集団の場合にも、当然、これと同じ悪性のナルシシズムに支配された行動が生じる。
こう考えると、物事に失敗した集団が最も邪悪な行動に走りやすい集団だということが明らかとなる。失敗は我々の誇りを傷つける。また、傷を負った動物は獰猛になる。健全な有機体組織においては、失敗は内省と自己批判を促すものとなる。ところが、邪悪な人間は自己批判に耐えることができない。したがって、邪悪な人間が何らかの形で攻撃的になるのは、自分が失敗した時である。これは集団にも当てはまることである。

末尾に論じられている軍隊と戦争に関する分析は、人間の心理状態を的確に解析し捉えた著者ならではの優れた見解です。これほど正鵠を射た考えを私は今までに知りませんでした。
この本は実に示唆に富んでおり、一般の人はもちろん、教育者にもぜひ一読をお勧めします。