私は今までは音楽鑑賞には主にスピーカーを使ってきた。少なくても家にいる時はとてもイヤホンなどという煩わしいもの、しかもスピーカーよりは確実に音質の劣るものを使用することはなかった。
しかしスピーカーで十分な音量を出すにはそれなりの条件が必要だ。特に必須の条件は周囲の迷惑にならないことだ。それに必ずスピーカーが置いてある部屋に行かなければならないという制約もある。
これらの制約は実生活ではかなり窮屈なもので、好きな場所で聴きたい時に聴けないというストレスは大きい。

そこで、ポータブル音源さえあればどこでも好きな場所で周囲に迷惑をかけず思いっきり音楽に没入できるイヤホン、音漏れの少ないカナル式イヤホンを購入した。10年以上前のことである。当時はワイヤレスイヤホンは存在しなかった。

最も音質に納得がいったのが当時はかなりハイエンドに属するSHUREのSE535 Special Editionだった。ドンシャリ系と称する向きもあったようだが、音の輪郭のしっかりした精密な分解能が際立った製品だと思う。
今も愛用しているのだが、如何せん、コードが非常に邪魔で煩わしいことこの上ない。

そこで最近新しい分野にチャレンジしてみた。
Bluetoothを使った完全ワイヤレスイヤホンである。

私が最初に購入したワイヤレスイヤホンはAppleのAirpods(第一世代)である。iPhoneとの親和性が高いという理由だけでの購入である。さまざまな利便性はあるものの、音質はひどいものだった。それ以来Appleのワイヤレスイヤホンには全く興味がなくなった。

最近はワイヤレスイヤホンは百花繚乱の様相を呈している。この中から満足できるものを探し出すのはかなり大変なことだと当初は呆然としていた。
仕方ないので最初に取り掛かったのは、お気に入りのSE535をそのままBluetooth対応のワイヤレスにしてしまうSHUREのBT2という製品だった。
あまり期待はしていなかったのだが、音源がiPhoneであろうとWalkman NW-A50であろうと、まさにSE535の音質で聴くことができたのには感激だった。
しかしBT2は、音源からフリーになったとはいえ、完全ワイヤレスではない。左右のイヤホンがコードで繋がったままなのだ。まだまだかなり鬱陶しい。
それに私としてはSE535が完全密閉型であるが故に外音がほとんど聞こえないことがとても問題なのだ。これでは危なくて外で利用できない。最近ではこの重要性も認識されてきたようで、密閉型ではあるがマイクを利用した外音取り込みが可能な製品が多い。

実はSE535でも完全ワイヤレスで外音取り込みができる解が存在した。
SHUREのRMCE-TW2だ。

多少ゴツい印象ではあるが、バッテリー寿命が長く、より確実にイヤホンを保持する観点からは利点でもある。何よりもありがたいのが、お気に入りのSE535をそのままTWS(True Wireless Stereo)として利用し続けることができることである。


これに気を良くして更なる挑戦を試みた。
最初から完全ワイヤレスイヤホンとして設計された製品を試してみたくなったのである。
RMCE-TW2 + SE535よりはるかにコンパクトで使い勝手が良さそうだ。
でも私にとって重要なのは何よりも音質。iPhone + Airpodsのような利便性は求めない。

そういう観点からまず選んだのが昔からよく聞くSennheiserというドイツの音響機器メーカーの老舗のMOMENTUM True Wireless 3。

様々な機能は他の多くのサイトで紹介されているので省略。
音質についての感想だけを紹介する。
SE535とは全く異なるコンセプトの音作りであることが実にはっきりと分かるほどの違いにびっくりした。SE535のようなシャープな音ではなく、奥行きというか厚みを感じさせる音である。SE535で聴いていて急にMOMENTUM True Wireless 3に切り替えると、最初の瞬間はなんだかぼやけた音に感じてしまったが、実は細やかなところまでしっかりと表現されていて、ただその表現方法が柔らかだということに気付く。そしてやがてその音が温かく心地良いものになって行く。新しい世界を知ったようでとても有意義な体験だった。

そしてどうしても気になっていた製品がある。
私が日頃聴いているスピーカーのメーカーであるBowers & WilkinsのPi7 S2という製品。相当なハイエンド価格帯の製品であるが、ここまで来たからには清水の舞台から飛び降りる覚悟でゲット!

いやはや上には上があるもの、正直驚いた。本当にとんでもない音だ。
MOMENTUM True Wireless 3を更にスケールアップした感じの、Bowers & Wilkinsのスピーカーを彷彿とさせるような圧倒的な音質だ。もうこれ以上は望まないし、これ以上の改善があったとしても私の感性では分からない領域かもしれない。

いや〜、良い時代になったものだ。誰に気兼ねをするでもなく至福の時をどこででも楽しめる。清水の舞台から飛び降りたのは正解だった。

これまで最新の音質重視の完全ワイヤレスイヤホンを使ってみての、主に音質に関する感想を述べてきた。これらを評価するには同一の音源が必要なのでMac StudioにBluetoothで接続して、CDからリッピングしたFLACファイルや、e-onkyoで購入したハイレゾFLACファイルをVOXで再生して聴き比べた。
わずかな効果しかないと分かってはいるが、Macでは通常BluetoothはAACコーデックで接続されてしまうので、できるだけ高音質の接続となるようにnura bluetooth 5.3 audio transmitterを使用し、確認はしていないが最高でaptX Adptiveで接続されるようにした。


nura bluetooth 5.3 audio transmitter無しでiPhoneに直接ペアリングして聴いてみても、今まで得た感想と大差がなかった。要するに音質に大きく影響するのはイヤホンそのものの性能であることがはっきりしたわけである。AACであろうと、aptX Adptiveであろうと大した違いはない。人間の耳が聞き取れる周波数帯はAACとaptX Adptiveではほとんど差がないのだ。大切なのは、音源を劣化させずにどれだけ忠実に再生できるアナログ出力機器であるかどうかである。それはまさにスピーカー選びと同じなのだ。

最後にちょっと真面目な話
それにしても人間の欲望というものは際限のないものである。昔から「知足」という言葉でその恐ろしい行為を戒めてきた。しかし、現在世界を席巻している資本主義は、その人間の欲望を思う存分叶える、実に恐るべき思想である。常に経済成長を求めるその思想は、地球を食い尽くし破壊の限りを尽くしている。論理的に考えても明らかなのは、資本主義の到達点は自滅以外にはありえない。それにもかかわらず世界はいまだに経済成長を追求して暴走を続けている。自分も含めてなんと愚かなのだろう。人類はやはり地球にとってがん細胞のようなものだったのかもしれない。