• 投稿者:
  • 投稿カテゴリー:雑感

このところ史上最悪の原発事故を起こした福島第一原発の汚染水(政府は処理水と言いたいらしい)の海洋放出のニュースでいっぱいだ。そして何処も彼処も問題にしているのは汚染水に含まれているトリチウムがどうのこうのということだ。特に主要メディアがトリチウムだけに人々の関心を向けようとしているかのように言い募る様は異様に見える。

トリチウムというのは放射性物質の中では比較的安全性があると主張しやすいものだ。特に世界中何処ででも原発を稼働させていれば冷却水として当たり前に海洋放出されている。現に今回の海洋放出は中国などが放出している量に比べればはるかに少ないものだという言説が真しやかに流布されている。

しかし原点に帰って考えてみると、そもそも通常の原発の冷却水として海洋に放出されているものと、今回の原発事故によって生じた汚染水とは根本的な違いがある。
方や厳重な被覆に覆われた燃料棒に触れた水と、もう一方の剥き出しになった核燃料デブリに直接触れた水を同列に扱うことは慎重の上にも慎重であるべきだ。同列に扱うというのであれば、その前提として核燃料デブリに直接触れた水が、所謂ALPSと称する浄化装置で完全にトリチウム以外の放射性物質を取り除けているという保証が必要である。

いままでもALPSで浄化したはずの汚染水から、ストロンチウム90などが基準値の約2万倍にあたる1リットル当たり約60万ベクレルの濃度で検出されたこともある。

政府や東電、主要メディアの説明は、トリチウムは十分安全なレベルまで希釈されているから問題ないということに終始している。では他の核種はどうなっているのか、きちんとモニターされてその結果はどうなのかが全く報じられない。

しかも不信感が募るのはモニタリングが完全にIAEAを含む世界規模の原子力ムラの中でしか行われていないということである。海洋放出は1km先の海底であるから、そこで民間第三者機関がモニタリングすることは難しい。逆に言うと、だからこそ海洋放出を選んだとも考えられる。

中国やロシアが主張する様に、大気中に放出する方法もある。途中まではこの案も海洋放出と並行して検討されてきた様だが、最終的には費用がかかりすぎるからという理由でこの案を退けている。しかし最近のテレビ報道を見ると、大気放出でも実際は海洋放出にかかった費用とほとんど変わらないことが分かった。だったら漁業関係者に風評被害の負担をかけたり、中国などによる海産物の輸入規制という大変な損害を被ってまで海洋放出にこだわる必要もないはずだ。中国による日本の海産物全面禁輸という措置はあまりにも非科学的で政治的アピール色の強いものであるが、それであれば尚更、彼らの思惑を覆す意味でも大気放出を選ぶべきだったのではと思う。よりによってこの時期に、中国が日本を外敵とすることによって自国民の不満を日本に向かわせ、中国政府の内政の失敗を隠蔽する手助けをするとともに、更に外交面のアドバンテージを与えてしまったのは大変な失敗だと思う。米国追従一辺倒で独立国として当然の独自外交が全く失われた日本の惨めな姿が曝け出された瞬間でもある。

ここまで来ると海洋放出にこだわる日本政府に疑念を抱かざるを得ない。先が見通せないよほど無能な政府なのか、あるいは相変わらずの隠蔽体質なのかのどちらかということである。
大気中に放出してしまうと、民間第三者機関が容易にモニタリングできてしまう。もしこの時にトリチウム以外の核種が多量に検出されてしまったら、原子力行政は立ち行かなくなるだろう。国内はもちろん、世界から総スカンを喰らうことになる。日本の信用は著しく失墜するだろう。言ってみればこれは是が非でも隠蔽しなければという強い動機になり得るということでもある。

とにかく過去から原子力行政には不透明さが付き纏っていた。
今回の件も結局透明性は確保されず、世界規模の原子力ムラ内部だけで処理してしまおうという姿勢に変化はなかった。こういうことが繰り返されるのも国民の意識の低さ、監視能力の欠如が原因であることは明らかで、こういう国民の姿勢がこの国の凋落を招いていると言っても過言ではない。

岸田首相が多用する「丁寧に説明」ということは、本来の意味であれば、ここに書いた様な疑念が生じない、透明性のあるものでなければならないはずである。信頼できる政府はなかなか実現しそうにないことが今回の騒動でも明らかになったことに落胆するばかりである。

現実は政府、東電、大手メディアが言う様な単純なことではない。その一端はグリーンピースがまとめた報告書を見てみれば分かるだろう。参考にして欲しい。

しかしどう考えてもこの汚染水の海洋放出という方法は場当たり的な解決策にしか見えない。核燃料デブリを処分できない限り汚染水はほとんど未来永劫にわたって発生し続ける。それを未来永劫処理し続けるのか?一度では完全に浄化し切れない汚染水は溜まり続けてしまうのではないか?そして結局は浄化し切れない汚染水を放出せざるを得なくなってしまうのではないか?不安と不信は尽きない。
デブリの取り出しを含む事故原発の廃炉が完了しない限り、それこそ馬鹿みたいな無駄な作業を続けることになる。廃炉の見通しがいまだに全く見えないことこそ本質なのだ。汚染水の海洋放出を伝えるメディアは、今こそ、その陰にある本質的な問題、廃炉について改めて国や原子力業界の姿勢を問うべきなのではないか?
しかも更に言えば、こんな状況にあるのにも関わらず、燃料高騰によるエネルギー価格の高騰に乗じて、所謂「ショック・ドクトリン」による原発回帰に、与党はもちろん野党の大部分、そして酷い目にあった国民まで賛成して突き進んでいる様は、もはや正気とは思えない。
ここにもまたこの国の絶望を見るのだ。