「火事場泥棒」と言えば分かりやすいだろうか?
火事の混乱に乗じて金品を盗み取る盗人のことだ。しかしこの場合のスケールは個人レベルの極めて小さなものだ。被害の範囲は非常に狭い。
一方、「ショック・ドクトリン」という、国家レベルの強大な権力が行う極めて規模が大きくその被害の程度が甚大な動きの実態がクローズアップされてきた。
この現象を明確に炙り出し世に伝えたのはカナダ出身の著名なジャーナリスト、活動家、政治思想家であるナオミ・クラインである。彼女の著名な大作「ショック・ドクトリン」は、この分野のバイブルとなっている。
本来であればこの本を読んで学び考えるべきであるが、かなり大部の著書であり翻訳物であることから読了するのが容易でないことが想像される。
そこでまず今回はその内容を分かりやすく解説している2023年6月 (NHKテキスト) ムック本、ナオミ・クライン『ショック・ドクトリン』 を読んでみた。

整然とまとめられており非常に読みやすく分かりやすい。たくさんの事例が出てくるが、いくつかは前々から火事場泥棒的だなぁと思っていたものもあった。しかし広い視点で見ることによって、ほとんどがミルトン・フリードマンが提唱した新自由主義を、貪欲な多国籍企業が国家権力を利用して実践したものであることを見抜いた彼女の慧眼には本当に恐れ入った。

以下に「ショック・ドクトリン」の実例をいくつか挙げてみる。

世界最初の「ショック・ドクトリン」の実践例として挙げられるのが、1973年9月のチリのピノチェト将軍による軍事クーデターだ。これは新自由主義勢力に支援されたアメリカのニクソン大統領がCIAを使って起こしたもので、恐怖と混乱でチリを一挙に多国籍企業の草刈り場に変えてしまった。

もう一つの例は1982年4月の「フォークランド紛争」を契機としたイギリスにおける「サッチャー革命」と称する新自由主義経済の強行である。戦争という混乱を利用して愛国心を煽り一挙に支持を集めることによって、新自由主義経済に邪魔な労働者組織を弾圧解体し、最低賃金の撤廃、公営サービス縮小に伴う重要インフラの民営化推進によって、またまた多国籍企業や投資家のやりたい放題の場が作り出されたのだ。
この「サッチャー革命」は、新自由主義信奉者に非常に大きな展望を開いた。民主主義国家であっても、国にとって大きな混乱が生じれば、ショック療法が有効であることが証明されたのである。

2001年9月11日にアメリカで発生した同時多発テロは、「ショック・ドクトリン」の最大規模の出番となった。これによってアメリカは、「テロとの戦い」という非常に漠然とした錦の御旗を手に入れ、悪名高い「愛国者法」など一連の米国民統制手段を得るとともに、テロ国家といういわれなき汚名を着せて、イラク、スーダンなど豊かだった国を多国籍企業の草刈場にし、それらの国民を貧困のどん底に突き落とす一方、多国籍企業や投資家は莫大な利益を獲得した。

2005年8月のハリケーン・カトリーナによる大災害も新自由主義者に利用された。ニューオーリンズの壊滅的な被害に乗じた公教育解体と民営化により、多数の教職員は職を追われ、行き場を失った大勢の貧しい子どもたちが路上に溢れた。

これを見ても彼ら新自由主義者がどんな人間かはよく分かるだろう。大切なのは自分だけであり、自分の利益にならないことには全く関心を払わない。他人がどんなに惨めになろうが、困ろうが、死のうが、全く関心がないのである。
私には彼らがサイコパスなのではないかと思えてくる。

そしてこの新自由主義の横行に重要な役割を演じているのがメディアである。
メディア王として世界的に知られるルパート・マードックは、全米の大手メディアの8割を支配しているという。そして彼はミルトン・フリードマンの信奉者であり、根っからの新自由主義者である。民衆のコントロールはメディアの仕事である。どの国でも民衆はメディアの影響を顕著に受ける。メディアが民意を形成するのである。
イラク戦争のような強引な政策も、メディアが後押しすれば容易に推進できてしまう。メディアさえ抑えてしまえば国はなんでもできてしまう。だから国はメディア対策を最重要視するのである。
国民にとって、日頃情報を得ているメディアが本当に国や経済界から独立しているのかを知ることは非常に重要なことで、盲目的にメディアの情報を信じることは自殺行為でもある。自分の頭で考える訓練ができていない日本国民は非常に危うい状態にあると言える。
日本でもNHK以外のメディアは全て民間企業である。しかも規模が大きくなるほど大企業との関係も深くなる。大企業ほど大きな収益源である大切なスポンサーなのだ。これらの利益にならないことを簡単には報道できるはずがない。スポンサーである大企業に忖度するのは当然の成り行きである。
また民間企業ではないNHKであっても予算の承認など国の認可が必要である。時の政権与党に忖度が働く可能性は否定できない。特に安定的な長期政権などの場合には国がNHKをコントロールすることも可能になると思う。

日本でも小泉政権以来新自由主義が急速に進展した。アメリカに倣う形で貧富の差がどんどん拡大している。維新の会という自民党に輪をかけたような新自由主義政党が躍進しつつあり、今後の日本社会は相当に厳しいものになると心配される。

デジタルが全社会を覆い、情報が氾濫し、人間の思考力を奪い取る。同調圧力が強まり、思考の群衆雪崩が起きやすくなっている。こんな時は注意したほうがいい。
「ウクライナ戦争」が世界の至る所で「ショック・ドクトリン」に利用されている。日本でもあっという間に長年続いていた平和主義が破棄され、戦争への準備が始まった。ナチスに倣い、憲法に緊急事態条項を組み込んで一挙に独裁制に移行しようとする動きも急である。国民は例によって危機を煽られると面白いように盲目的に軍拡を支持するようになった。単純簡単なものである。
「新しい戦前」が始まっているのかもしれない。