国体論 菊と星条旗


白井聡さんの素晴らしい戦後日本論です。彼独特のいささか難解な表現はあるものの、その論点は極めて明快で大抵の人はすんなりと理解できることでしょう。

今回の本は何よりも着眼点が素晴らしい。
戦後日本の体制を国体という観点から分析した手法は斬新です。

私も戦後のアメリカの日本支配は終戦の遙か前からアメリカ国内において周到に検討され準備されたスキームに則って実行されたと常々思っていました。
A級戦犯容疑者であった岸信介(安倍首相の母方の祖父)が無罪放免となり、たった4年で日本の指導者として君臨できたのもアメリカの日本支配を円滑に進めるためのものであったことは容易に推測できることでした。

そして本書では更に、天皇の戦争責任に対する訴追を行わなかったことも、アメリカによる日本支配のためであったと非常に明確に論理的に指摘しているのです。
天皇を中心とした国体がアメリカの日本占領政策を円滑に遂行するために利用されたのです。

アメリカの日本占領時の昭和天皇とマッカーサー会見の美談は日米双方で周到に作り上げられ、その裏の真実が覆い隠されていますが、その後のアメリカ側の史料から「アメリカの真意」が明らかになっています。

アメリカの日本占領政策研究の第一人者であるジョン・ダワーは

「マッカーサーの考えでは、日本人は真の民主主義あるいは人民主権を実行する能力がない以上、戦後の日本に「天皇制民主主義」を発展させることが不可欠なのであった。日本人は、天皇がそうせよと命ずる場合にのみ、「民主主義」を受け入れるだろう。」

と総括しています。

そして占領政策で天皇免責に奔走した対日心理作戦の責任者ボナー・フェラーズも

「私は天皇崇拝者ではない。15年、20年先に日本に天皇制があろうがなかろうが、また、天皇個人がどうなっていようが、関心はない。
しかし連合軍の占領について天皇が最善の協力者であることは認めている。今の占領が継続する間は、天皇制も存続すべきであると思う。」

と述べています

そのほかにも欧米は日本について未開の野蛮人に対するような極めて軽蔑的な見解を持っていたことが明らかになっています。
彼らの認識の正しさは戦後多少の揺らぎはあったにせよ、最近の安倍一強の政治状況を経て確固たる信念にまでなったことでしょう。

「日本国民は決して真の民主主義、人民主権を理解することはできないし、それを実行する能力がない。」

そして今日本は、天皇に代わってアメリカを基とした国体の下、アメリカの属国として軍事、経済をアメリカに差し出しているのです。安倍政権が執拗に進めようとしている憲法9条を中心とした改憲も、自衛隊をアメリカ軍の補助軍備として何の縛りもなく使用できるようにするため、アメリカから強く要請されているためでしょう。
アメリカも今までで最も御し易い安倍政権の下、たわわに実った果実の収穫を急いでいるのです。そして世界各国は日本が未だに先進国に支配される未開の国であることを再認識していることでしょう。

著者も本書の中で
「そして、今日の日本の戦後民主主義の腐朽に徴して、日本人にはデモクラシーの理念は根本的に理解不可能だとするヴィジョンがますます正確なものとなりつつあるように見えるという事実を、単なる歴史の皮肉であると済ませて素通りするわけにはいかない。」
と、焦燥に駆られつつ心情を吐露しています。

それほどまでに今の日本の状況は危機的であることを、日本国民は現政権下で起こっている様々な不条理を自らの頭で考えることによって認識すべき時にあると思います。
それができないとすれば、まさに欧米先進国が遥か以前から認識している通り、日本国民は民主主義を理解し実行する能力がないことを世界に向かって表明することになるのです。


追記

天皇制は長い間時の権力者に利用され続けてきました。そして今や日本の政体を偽装したアメリカという権力者が日本を統治するために利用しているのです。
野蛮人を文明人が飼い慣らし支配しているおぞましい光景が今の日本であることに気づかない日本国民の無残な姿に無念の想いが募ります。

本書で紹介されている無頼派と称される異色の小説家、坂口安吾の残した次の言葉は心に残ります。少し長くなりますがここに紹介しておきます。

「天皇制というものは日本歴史を貫く一つの制度ではあったけれども、天皇の尊厳というものは常に利用者の道具にすぎず、真に実在したためしはなかった。
藤原氏や将軍家にとって何がために天皇制が必要であったか。何が故に彼等自身が最高の主権を握らなかったのか。それは彼等が自ら主権を握るよりも、天皇制が都合が良かったからで、彼等は自分自身が天下に号令するよりも、天皇に号令させ、自分がまず真っ先にその号令に服従して見せることによって号令が更によく行き渡ることを心得ていた。その天皇の号令とは天皇自身の意思ではなく、実は彼等の号令であり、彼等は自分の欲するところを天皇の名において行い、自分がまず真っ先にその号令に服してみせる、自分が天皇に服す範を人民に押し付けることによって、自分の号令を押し付けるのである。
自分自らを神と称し絶対の尊厳を人民に要求することは不可能だ。だが、自分が天皇にぬかずくことによって天皇を神たらしめ、それを人民に押し付けることは可能なのである。そこで彼等は天皇の擁立を自分勝手にやりながら、天皇の前にぬかずき、自分がぬかずくことによって天皇の尊厳を人民に強要し、その尊厳を利用して号令していた。
それは遠い歴史の藤原氏や武家のみの物語ではないのだ。見給え。この戦争がそうではないか。(中略) 何たる軍部の専断横行であるか。しかもその軍人たるや、かくの如く天皇をないがしろにし、根底的に天皇を冒涜しながら、盲目的に天皇崇拝をしているのである。ナンセンス!ああナンセンス極まれり。しかもこれが日本歴史を一貫する天皇制の真実の相であり、日本史の偽らざる実体なのである。」

追記2

現政府の対米従属姿勢は未だかつてないほどに異常です。
それが何によるのかがこの本で分かります。
異常なまでに無能で何も考えることができず、その結果何もしないことが一番楽であるからなのです。日本では多くの国民も似たようなメンタリティを持っているでしょう。たとえやがて溺れてしまうことになろうとも、流れに逆らわなければその時は楽ですからね。
本書で指摘している次の文章は痛烈で、まさに現政権の本質を見事に言い当てています。

「つまり、対米従属の現状を合理化しようとするこれらの言説は、ただ一つの真実の結論に決して達しないための駄弁である。そしてそのただ一つの結論とは、実に単純なことであり、日本は独立国ではなく、そうありたいという意思すら持っておらず、かつそのような現状を否認している、という事実である。
ニーチェや魯迅が喝破したように、本物の奴隷とは、奴隷である状態をこの上なく素晴らしいものと考え、自らが奴隷であることを否認する奴隷である。さらにこの奴隷が完璧な奴隷である所以は、どれほど否認しようが、奴隷は奴隷に過ぎないという不愉快な事実を思い起こさせる自由人を非難し誹謗中傷する点にある。本物の奴隷は、自分自身が哀れな存在にとどまり続けるだけでなく、その惨めな境涯を他者に対しても強要するのである。深刻な事態として指摘せねばならないのは、こうした卑しいメンタリティが、「戦後の国体」の崩壊期と目すべき第2次安倍政権が長期化する中で、疫病のように広がってきたことである。」